2008年08月20日 (水) * 編集
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2005年10月19日 (水) * 編集
お久しぶりです。カナダから帰ってきました。
…実はずいぶん前に。 結論から言うと、16日間の出張予定を大幅に切り上げて、1週間くらいで日本に戻ってきたことになります。というのは、現地で入院してしまったから。 深部静脈血栓症、というと何となく意味不明な怖さがありますが、いわゆる「エコノミークラス症候群」ですね。脚の静脈で発生した血の固まりが、血液に乗って肺や心臓の血管に詰まり、肺塞栓などを引き起こすのです。 笑いごとではありません。息苦しさと肺の痛みに耐えきれず、夜のカルガリーでER(Emergency Room)に飛び込みましたが、もう少し遅れていれば30%程度の確率で死んでいたと医者に言われました。結局そのまま4日間入院し(日本を含めて生まれて初めての入院)、血栓を溶かす治療を受けてきたのでした。 かなり無理して毎晩遅くまで残業していたので、出発直前はほとんど睡眠もとれず、非常に大きなストレスを抱えたまま飛行機に乗り込んでしまったのが原因だったようです。もちろん座席はエコノミークラスなので脚も伸ばせず、水もあんまり飲めなかったし。でもサッカーの高原の例を挙げるまでもなく、たとえ健康なアスリートであってもかかる病気でもあります。 仕事が中途半端になってしまったことや、YYZのトロントを訪れることができなかったこと、はたまた外国人旅行者であったために入院費用が合計100万円もかかってしまったことなどは、今となってはどうでもいいことです。どうやら生きて帰れたことに感謝しようと思っています。 少し前まで、自分だけの命だと思っていた頃はきっとこんな風には感じなかったんだろうな。もっと粗末に「いつ死んだって別にいいし」なんて強がっていたんじゃないかと思う。 でも今はそうは思いません。 自分が生きていることを喜んでくれる人がいるってことは、本当にありがたく、力強いことなんですね。初めて分かった。 帰国後も病院に行ったりしてますが、基本的には一過性の突発的な血栓だろうと言われてます。ひどい肥満や運動不足、喫煙習慣や体質的な問題があれば別ですが、僕は自分なりに血液サラサラを心がけて身体を作ってきただけあって、回復も早いようです(処方された抗血液凝固剤は飲んでます)。 さて今週末は初の両家両親顔合わせとあって、各種アレンジに奔走しています。何だかんだ言って来週以降もいろいろ準備とか忙しかったりするんですよね…。 まあそんなわけで、しばらくは週末更新(ができるかどうか)になる予定です。悪しからずご了承くださいませ。 2005年09月09日 (金) * 編集
『恋のマイアヒ』が掲載されているサイトをたどっていたら、日本航空123便の墜落事故に関して、飛行経路のフラッシュムービーにフライトレコーダー音声(生)を組み合わせたサイトを見つけてしまいました。
フライトレコーダーの音声自体は以前テレビ番組でも放映された記憶がありますが、あまりの生々しさにチャンネルを替えてしまいました。しかし今回はついに、コックピット内部での想像を絶する緊張と、羽田や横田の管制塔とのやりとり、さらには客室に流れたアナウンスの様子を、最後の瞬間まで追体験することになりました。 もちろん現実はもっと想像を絶する恐怖の極致だったのでしょう。同じ結果に至るのならば、何十分にも及ぶ戦慄と恐怖の墜落機内よりは一瞬の爆発事故の方が苦しみが少なかったのではないか、と真剣に考えてしまいます。乗客のほぼ全員が死を覚悟せざるを得ない状況の中で、遺書メモを残した人々が多かった事実も、ようやく生々しく理解できたような気がします。 相方はまさにこの日、「星を見る会」なる天文サークルの合宿中に、山腹のあり得ない位置をダッチロールしながら飛行するJAL123便を目撃していたんだそうです。 最後の最後まで、まったくコントロールできない操縦桿を握り締めながら必死の努力を続けたコックピットのパイロットたちと、同じ時間を共有する勇気のある人だけに。 2005年09月08日 (木) * 編集
実にどうでもいい話なんだが、こないだなおさんたちと話していたら誰も『バトルフィーバーJ』のことを知らなくて、ある意味非常に恥ずかしい思いをしたのでちょっとメモしておこうと思う。(実は自分以外に知ってたのが相方だけだったのでもっと恥ずかしい思いをした)
だからと言ってオフィシャルサイト(なのか?)にリンクを張るだけでは不十分というものだろう。最低でも Wikipedia の関連ページ、より正確に「見どころ」(といっていいのかどうか…)を知りたければもうちょっとマニアックなサイトに目を通しておく必要がある。 ご覧のとおり『秘密戦隊ゴレンジャー』に端を発する「スーパー戦隊シリーズ」の3番手で、自分の住んでいた地方でも普通に放映されていたんだけど、ちとマイナーなのかな? ちなみに同シリーズ2番手は『ジャッカー電撃隊』で、バトルフィーバーを挟み『電子戦隊デンジマン』『太陽戦隊サンバルカン』と続く。以後延々と続く黄金シリーズとなり、何と現在も『魔法戦隊マジレンジャー』という、冗談なんだかマジなんだかよく分からない名前で堂々放映中らしい。 『バトルフィーバーJ』に話を戻すと、その名の通りディスコブームにあやかったタイトルと、世界各国の踊りをベースにした戦闘術を駆使するという設定がなかなか衝撃的なのだった。中心となるのが赤色の戦士でアジア代表の「バトルジャパン」というあたりがベタなんだけど、それ以外は欧州代表の「バトルフランス」、ユーラシア代表の「バトルコサック」、アフリカ代表の「バトルケニア」、そして1人だけバトルが付かない「ミス・アメリカ」という、国連のPKOもかくやと思わせるとんでもなく国際的な戦隊モノだった。 バトルケニアの得意技が「トロピカルダンス」というのもよく分からなかったけど、アフリカの修行で動物との会話を覚えてきたというのも何だかすごい。ミス・アメリカが戦闘時に「ディスコダンス」で敵を蹴散らすのはまあいいんだが、彼女の衣装がこの手の戦隊モノの中では特筆に値するレオタードだったので、当時はそれなりに画面にクギづけになっていたような気がする。 まあそれもこれも含めて本当にどうでもいいことなんだけど、だからと言ってバトルコサックの死因が「変身に必要なバトルスーツをクリーニングに出していたため無防備状態のところを撃ち殺された」ってのはいかがなものか(笑)。しかも彼の最期のセリフが「かき氷食いてぇ…」だったってのは、もっといかがなものか。 昭和って本当に凄い時代だったと、つくづく思います。 2005年09月05日 (月) * 編集
まあいつになるのかはまだ全然分かりませんが、自分も多分遠からず結婚するのではないかと思っているわけです。そういう考え方をちょっとだけ披瀝してみたところ、驚いたことに結構な反響があったのですね。これには僕の方がびっくりしちゃいました。曰く「あなたともあろう人が結婚という選択肢を選ぶなんて」とか「シングルライフの看板は降ろすのか?」とか「ハッピーライフにシングルライフやシンプルライフは含まれないとでも言うのか?」とか。…なーんて多少デフォルメして書いてますが、怒られても当然かなとは思ってます。表面だけ見ればね。 でもここで力強く反論させてもらうならばシングルライフの看板を降ろす気なんてさらさらないし、こういう議論が出てくること自体「シングルライフ」なるものの理解が食い違っているのかな?とも思います。 まあ特段の定義もないままに使ってますからこちらにも落ち度はあるわけですが、僕が重視するのは「個」としての独立性であって、法律的な戸籍関係なんかじゃない。インディペンデントな存在同士でないと、家計をひとつにするのはおろか友人関係ですら長続きしないと思っています。何かと愚痴をこぼしてきて、いつも助けを求めようとする友人なんて切っちまえばいいのです。そんな連中に構っていられるほど僕らの人生は長くない。 一方で、「いつも」助けを求めるわけではない相手とのギブ&テイク型の助け合いは大切にしなくてはなりません。「個」として独立することと、「誰の力も借りず一人で生きていく」こととは大違いだし、そもそも後者のような生き方はあり得ないことを思い知るべきです。もしオレは誰の助けも借りずに立派に一人で生きている、なんて豪語する人がいたら思い上がりも甚だしい。だけどこの辺を混同しちゃってる人は結構多いのですね(自分も反省)。 そこで僕の永遠のバイブルたる『新・シングルライフ』を引っ張り出して再読するわけです。 そもそも著者の海老坂武はパートナーを持つこと自体は否定していないように思う。むしろ異性の友人を複数持って、大切にせよとまで言っています。濃い恋愛感情とは異なる、軽い絆を周囲にたくさん持っていることが重要だというのです。 むしろこの本のポイントは「個」として「孤独」と向かい合うことの大切さを説いている部分でしょう。ちょっと哲学的に言えば、たとえどんな大恋愛をしようと、どんなに素敵な恋人と結婚しようと、「死の不安」からは誰も決して逃げられないわけです。結婚・非結婚によってその苦しさが変わることなどありません。結婚や子育てによってその問題から目を逸らすのはかえってよくないことです。 そうではなくて、僕らは常に孤独や死と向かい合っており、我々に出来る事はせいぜい「死を飼いならす」ことぐらいなのだ、君たちはそのことをちゃんと分かってるのかね?というのが海老坂氏の本当に言いたかったことではないか。でもって、シングルライフという生き方は「物理的に」その実存主義的なライフスタイルをもっとも的確に体現したものだということだと思うのです。 だとすれば、本質さえ押さえればオッケー、というのが僕の考え方。何も物理的シングルライフにこだわる必要などなかろうと。精神的・経済的にインディペンデントで、自分自身をしっかり持った同士であれば、逆に法律的な戸籍問題とかは一緒にしちゃってもいいんじゃね?くらいの勢いです(ちょっと言いすぎだが)。海老坂氏が忌み嫌う「社会が押しつける役割」についても、まあ確かに一定の役割(夫とか妻とか父とか母とか)はあるんでしょうが、自分に演じきれないほど複雑なロールプレイだとも思わない。どっちにしろ、そこは本質ではないのですから。 結局のところ上記のような点に関する僕と相方の心構えがどの程度しっかりしてるか、という話に落ち着くわけで、それについてはこれから長い時間をかけて検証されることになるのでしょう。ちなみに個人的にはその辺、非常に楽観的ですけどね。長期投資家は複利で素晴らしいリターンを上げるのです!(←カテゴリー違い) *** あれやこれや書いてきましたがすべては照れ隠しのようなものです。最後に素敵な友人がお勧めしてくれた映画『ビフォア・サンセット』から、彼女がピックアップしてくれたダイアローグをご紹介しましょう。これも先日レビューした『エターナル・サンシャイン』同様、「記憶」をテーマにしたセリフだそうです。 曰く、 というもの。 これって、とても素晴らしいと思います。 僕はかつて、自分の力ではどうしようもないこと、主として自分の生まれた環境のようなものを非常に思い悩んでいました。表面的にはなるべくそうは見せないようにしていたし、できるだけの努力をして今日の自分の立ち位置のようなものを確保してきたつもりです。 それでも基本的には自分の在り様、自分の過去について極めてネガティブだった。今さら言ってみてもしょうがないことなのに、半ばそれを言い訳にして、いつも何となく不幸ぶっていたわけです。そうすることで自分の中のバランスが取れるような気がしていたから。 でも、相方はそういう考え方とは正反対の人間でした。 彼女に影響されて、正確に言うと彼女が積極的に働きかけて僕の考え方を変えてくれたことによって、自分の過去に対するネガティブな姿勢を捨て去ることができた。きっとそういうことなんだろうな、と今では思います。まさに、「未来」によって記憶=「過去」に対する考え方そのものまで変えることができたのでしょう。 そういうパートナーと、残りの人生を一緒に過ごしていきたいなと思ったことは、決して不自然ではなかったと、今では思っています。 こんなところで許してもらえるかな?(笑) 要するにハッピーライフのあり方は人それぞれ、様々なスタイルがあるってことで。その中で自分が最も心地よくいられるスタイルが見つかれば、それが貴方にとっての、あるいは僕にとってのハッピーライフということなのでしょう。 *** たとえ僕がシングルライフを放棄するのだとしても、それはあくまで一時的な離脱にすぎないのであって、ほぼ50%の確率で僕はシングルに戻ります。いや、離婚するんじゃなくて、自分が相方より長生きするというケース。大体このご時世、一緒に事故に遭うか心中でもしない限り、2人が同時に死ぬなんてことはないのですから、必ずどちらか生き残った方が再びシングルライフを経験することになるのです。相手か自分か、50%。 その時に備えて、僕は折に触れこの『新・シングルライフ』を取り出して読み返すことでしょう。このブログの読者の中にもたくさんいるであろう、「ココロのシングルライフ仲間」たちと一緒に。 2005年08月24日 (水) * 編集
訃報を2件。まずは21日に亡くなったロバート・モーグ氏から。アメリカ人のシンセサイザー開発者です。僕を含め、多くの音楽ファンは彼の名を「ムーグ」として記憶していることと思います。幼い頃から電子楽器に関心を持っていた彼が1964年に開発したシンセサイザーは、その小型軽量さと用途の広さが多くのミュージシャンに支持され、彼の名をとって命名されました。しかし誤った発音で。それが「ムーグ・シンセサイザー」。 後にビートルズが "ABBEY ROAD" で使用して知名度が上がり、多くのプログレッシヴ・ロック・バンドも好んで取り込みました。初期のものは決して安定した楽器とはいえない面もありますが、独特の太い音色は現在のテクノロジーで簡単に再現できるものでもありません。古いロックのCDを買ってスピーカーからムーグならではのあの音が飛び出すと、何ともいえないノスタルジックな気分になるのは僕だけではないはずです。 4月に脳腫瘍が見つかり、治療を受けていたそうです。享年71歳。貴方がいなかったらその後のロックはずいぶんとつまらないものになっていたかもしれない。直接お会いしたわけでもないけれど、モーグ博士、どうもありがとう。 *** こちらも直接お会いしたわけじゃないんだけど、7月11日に亡くなったのはプロレスラーの橋本真也。ニュースを聞いたときにはまさか?と思ったよ。だってまだ40歳。僕ら世代の新日本プロレスファンにとって、まさに衝撃的な知らせだったに違いない。 蝶野、橋本、武藤といった若手が一気に飛び出してきた80年代半ばは、新日本プロレスの一大転換期でもありました。その後のプロレス界は、残念ながら僕にとってはそれほどエキサイティングな世界ではなくなってしまったのだけれど、ある意味最後の輝きを感じさせてくれる世代だったと思います。 小川直也との抗争については今でもいろいろな議論があるようですが、橋本のスタイルはいつだって潔かったし、だからこそこうして完全燃焼できたんだと思う。これもひとつの生き方なんだな。どうもありがとう。 2005年08月23日 (火) * 編集
今やってる仕事というのは、外国(世界44カ国ぐらい)から若者(20代〜30代)を毎年3,000人くらい集めてきて、日本全国津々浦々の地方自治体にあっせんし、各地の中学校や高校などで外国語を教えてもらったり、国際交流の手助けをしてもらったりするプログラムに関するものです。
毎年3,000人を新規投入するわけですが、前年度までの居残り組もいるので、常時日本中に約6,000人の外国人を派遣しているような状態。そうするといろいろなことが起こります。様々なすれ違い、時にはトラブル。NOVAじゃないけど、これぞまさに「異文化コミュニケーションやで」という感じ。 東京あたりじゃ外国人なんてちっとも珍しくないわけですが、このプログラムで派遣する先は逆にいわゆる地方の町とか村とか離島とかが多い。要するに「これまで外国人なんて見たこともない」という地域に送り込んで、生の英語を聞かせ、生の異文化と交流することを大切にしているわけです。 そうするとどうなるか。 人口数百人で、すべての住民の顔と名前が一致するような小さな村の田んぼのあぜ道を、青い目をした「外人さん」が歩いて学校に向かうというシチュエーションは、村民にとっても外国青年にとってもカルチャーショック以外の何物でもありません。だからそこには絶えず摩擦が発生し、困った相談事はすべて僕の部署に寄せられるというわけです。 だけど僕に言わせれば「んなもんちっとも困ってないやろ!」というようなものも多い。 最近のケースで言えば、アメリカから来たその先生(♀)は顔にピアスをしているそうな。話を聞く限り耳じゃなさそうだから、多分鼻か頬か唇か、そんなところでしょう。ところが赴任先の田舎の高校では校則でピアスは絶対禁止なのだそうです。ついては「生徒に悪影響を与えるので、先生方もピアスはしないように」というルールがまかり通っているらしい! 当然彼女は怒るわけです。これは自己表現だと。アイデンティティだと。百歩譲って、生徒に「子供のうちはまだピアスとかしちゃだめだよ」という校則があるのは仕方がないかもしれない(本当はそれもあんまり理解できない。だって自分の身体だよ!)。だからといって大の大人である自分たちもピアス禁止だなんて、正気の沙汰とは思えない! 学校側も一歩も譲りません。ピアスの穴を開けるなんて不良の始まりであると。大体、親からもらった身体に子供の分際で勝手に傷をつけるなんてけしからんと。今回電話に出ていたのは僕ではなく同僚の女性でしたが、彼女がややあきれ気味に「そうですかねー? 今この瞬間、私もピアスつけて仕事してますよ」と言ったところ、相手方の女性(教育委員会かな)は「えっ…!?」と本気で引いてしまったというのです。彼女自身、ピアスつけて仕事するという概念が皆無だったということなのでしょう。 ちょっと驚いちゃうかもしれませんが、これが地方の現実です。自分自身も地方出身者なので、こういうことを言う人たちが存在することは想像できなくもない。そしてこの問題には正解がないというのも事実です。アメリカの若い子の感覚では間違ってるかもしれないが、日本の地方の高校では間違っていない。どっちもどっち。 ここで "When in Rome, do as the romans do." と言っちゃうのは簡単です。できればついでに When In Rome の "The Promise" とかかけちゃうくらいの洒落心は欲しい。だけれどもそれじゃ何の意味もないのです。日本に来たからには日本のルールに従え!では、異文化コミュニケーションの意味がない。それじゃ英語をしゃべれるロボットとか雇った方がいい。 そうじゃなくて、世界にはこうしてボディピアスやタトゥーをファッションとして受け入れる社会があって、普通に社会人生活を送っているということを、まさにこの機会に自分の目で見て理解する必要がある。そのために海外からわざわざ高いコストをかけて若者を連れてくるこのプログラムが存在しているんでしょう? その上で疑問があれば、タトゥーやピアスといったファッションについて、それぞれの文化でどういう風に理解されているか話し合ってみるのがいい。そうして初めて世の中には自分たちの文化とは結構違う文化があるんだということ、そして、だからといってどちらも間違っているわけじゃないんだということ、お互いを尊重しながら生きていくことが大切なんだということが、肌で、感覚として理解できるようになるのでしょう。 アメリカ人の彼女の方にもお願いすべきことはあります。日本(というかその地方ですね)の文化において、教壇に立つ者にはそれに相応しいドレスコードがあるんだと。そうした場面において、例えば顔面の派手なピアスは必ずしも好ましいものではないのだと。そうすれば、授業時間だけは外してもらうとか、穴が塞がっちゃうのが困るのなら目立たない透明ピアスにしてもらうとか、いくらでも解決策はあるはずなのです。それこそまさに異文化コミュニケーションなんですから。 そんな提案やアドバイスをしながら時間が過ぎていく今日この頃。この国に未来はあるのか? 曲がりなりにもこの国のパスポートを持って生きている自分にとって、いろいろなことを考えさせられます。 2005年08月22日 (月) * 編集
ビデオは知らず知らずのうちにたまります。
先週の日経新聞土曜日のNIKKEIプラス1における「録画したのに、その日のうちに見られずにいる番組の総時間数」のアンケート結果はなかなか面白かった。多い人で「20時間以上」という方々が12.2%もいらっしゃいますね。5時間以上の人をまとめると、なんと約30%に達します。3人に1人くらい。 一体いつ見るんだ?ということですが、たまったものは休みや雨の日にまとめて見ることが多いそうです。「アイロンをかけながら」(おいおい危ないぞ)とか、「子供が眠ってから」(何見てんだよ)という人も目立つとか。 どこかで見切りをつける期限としては、1週間という人が多いようですね。連続ドラマを録画するせいかな? 中には1年も前の未見ビデオと格闘する人もいらっしゃるようですが…。 保管に至ってはさらに大変で、「屋根裏に100本以上のビデオが眠る」「見ていないビデオは200本を超え、まだ増えている」「アトランタ五輪の水泳をまだ見ていない」などなど…。実は最近ポータブルDVDプレイヤーが良く売れているらしいのですが、これは録画したDVDを持ち歩いて出先でちょこちょこ見て消化するというニーズによるものらしいです。 個人的にはこの手の悩みから解放された日々を送ってます。というのは12年もののビデオデッキが壊れちゃったから。しかしこうしてなくなってみると、想像していたとおりとはいえ、まったく困らないものです。リアルタイムで観られる以上の映像情報を観る必要性なんて僕にはちっともなかった。それ以外にやるべきことや考えるべきことや読むべき本や聴くべき音楽がいくらでもあるからなあ。 時間をセーブするはずのビデオが、時間泥棒になってしまわない程度にお付き合いするというスタンスがよさそうですね、どうやら。 2005年08月13日 (土) * 編集
知念里奈ができちゃった結婚し、1月に結婚したばかりの杉田かおるが離婚しちゃったりする今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか? 今日は結婚・離婚に関する格言を集めてみました。結構多いんですね。
同時に両方を経験できないからには当然「あっちの方が良かったかも…」という発想が起こりうるわけですね。難しいものです(が同時に簡単なものです)。 なるほどね。あんまり男女の役割を固定するような言い回しは好きでないのですが、一昔前までなら確かに通用したかもしれないフレーズではあります。 えーと、トルストイって何か不幸な結婚でもしたんでしたっけ? 世紀の悪妻と結婚するハメになったソクラテスが次のようにつぶやくのは理解できますが… ブラックさ加減では次のフレーズたちも負けていません。 どうも世の中には皮肉屋さんの方が多いようですが、そんな中で次のような言葉を見かけると、ちょっとホッとしたりしませんか?
2005年08月09日 (火) * 編集
まほさんと結婚することにしました。
先週末に彼女のご両親にご挨拶してきました。もともとあまり緊張するタイプではありませんが、とてもリラックスした雰囲気の中で話が弾んだことはよかったなあと思います。その後に築地でご馳走になったお寿司もたいそう美味しかったです。 人生はこれまで続いてきたように、これからも続いていくわけで、何かが突然大きく変わるということはないでしょう。ただ、お互いの人生を支え合うパートナー同士として、これからの日々をさらに大切にしていきたいと考えています。 しばらく多忙なので遅くなりますが、来年早々くらいには何かのお披露目(のようなもの)ができればいいなとは思っています。 2人とも、これからもフットワーク軽くあちこちの飲み会に登場したり遊びの企画をしたりすると思いますので、どうぞ変わらぬご愛顧をよろしくお願いします。 2005年08月04日 (木) * 編集
日記を読んでいると僕はやたら自転車であちこちに出かけているようです。時にはかなり遠出もしています。では一体どんなすごいマシンに乗っているのか? 答えはご覧の通り、いかにもごく普通のチャリンコ。高井戸のオリンピックなるお店で購入したもので、3段変速こそ付いていますが、前かご付きのいわゆるママチャリ。 これで仙川から大抵のところに行けます。週末に銀座で飲み会がある時だって、サイクリングを兼ねてチャリを飛ばす。新宿渋谷なんて楽勝楽勝。ちょっと下北沢でCDショップめぐりをしようかな?なんて日ももちろんチャリ。 さすがに今は真夏なので出番は近所に限定されますが、秋風が吹き始めたらまた遠くに出かけようと思っています。横浜あたりもいいかもしんない。何となく、海が見えるところに行きたいな。早く秋になりますように。 |
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